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  エンジニア…(その方向性についての独り言。)
 仕事が暇になると、不景気観を体感したつもりになる。
 そうすると、結論が出てしまっている一つの事案でも、鑑定書の一言一句を読み返し、表現が正しかったのか、読む人が理解しやすいか等を考える様になった。賠償額や保険金の金額の整合性のみ追求していた日々から、少し大人になる。どんな工事でも、復旧という目的は殆んど一つである中で、金額は流動的にも関わらず、我々は一つの金額を鑑定額として、その明確な根拠を示さなければならない。話し合いになると金額を出した我々鑑定人が関係者から標的となって説明責任を負う場合が多い。一つの意見や提言になることがあまりに少ない。物事は大局的に判断しないといけない中で、細い積み上げで金額を出しても重箱の隅をつつく質問にはたびたび閉口する。そこを修正しても全体の数字に影響は全くない場合も多く、理科で習う「有効数字」や「誤差」がよく無視される。鑑定人の数字に異論をなす時は対案を以って、それで応戦して頂きたいが、あまりそういう経験はない。一方的に批難される事が多い。
 時々、他界した母に訴える(もちろん返信はないが…)。
 私は工学部出身でエンジニアを自負している。本で読んだ第二次世界大戦の話の中で、搭乗員(パイロット)が言った「技術屋は楽でいいよな。大穴が空いた零戦(通称:ゼロ戦,日本海軍製の零式艦上戦闘機)の残骸を見て、その対策を考えればいいのだから。この戦闘機のパイロットは殉死したんだぞ」、、、、
 この言葉に非常に感銘を受けた。そうなのである。結果だけ見て、人を批判するのは誤りである。争う時は自分も現場を目で見て、触れて、確認して、現地の人々の意見を聴いて、改めて対案を作り、議論すべきと思う。
 損害額を議論する中で、周辺事情,登場人物は関係ない。同情心や政治的圧力も関係無い。しかし、同じ結果であっても、関係者全員の納得がとれているのかは、甚だ疑問である。せっかく保険金が支払われたのに、契約はすべて解約されてしまう場合もある。それは保険金や賠償額の決定の際に、理解納得無しに了承されたものに他ならない。この仕事をしていると客観的に物事を観察させられる。もちろんそうでないといけないのであるが。しかし、本当の答えがまだ出ていない気がする。現在、当ビジネスはその内容や、現場でのやりとりは当然レポートに反映されないから、現地の苦労は伝えにくい。現場は雨も降れば風も吹く。真っ暗で何も見えない時もある。写真撮影も困難な時もある。雨が降れば画板に図面を引く事もできない……だからダメでした等と通る訳もないから足しげく現場に通うしかない。
 現在エンジニアを自負する我々鑑定人がパイロット化してしまい、机に座ったビジネスが技術屋と呼ばれている様な気がする。


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