関東で仕事をしていて、被保険者や関係者といろいろもめていた時、 『この件はやりたくないなぁ』と独り言を言ってしまったら、一緒に働いていた仲良しの同業者から『ハマベさん、あなたプロでしょう。何言ってるの』と笑われた。その同業者は冗談を交えての発言であろうと推定するが、重い言葉であった。 世間一般に言うプロ意識なるものはプロフェッショナル(職業的・本職の)というアマチュア(そのことを職業としていない人・素人・愛好家)の反意語として定着してと思う。なぜなら、「プロ意識」とは自分の持っている自覚の問題であり「プロ」とは違うと思う。「プロ」と呼ばれる人は「誰が認めるか」が問題であって「プロ意識」とは認める認めないにかかわらず本人次第だと考えられるからである。 技術者自身が「このことに関しては自信がある。」「このことに関してはここまで説明できる。」ということがすなわちプロ意識であると考えると自分の技能,知識の範囲を知っていて発言でき説明できるが、 可能かどうかつまり、「まだここは自分でもよく納得していないが調べてみた結果こうではないかという自分なりの意見を持っている。」というような点がプロ意識であると思う。 我が国で生産される自動車の性能は世界でトップレベルであるが、これもエンジニアの意識で考えるといわゆる車両生産の「プロ」であってガソリン等の内燃機関は完成の域に到達している。 しかしそれはあくまで性能の結果であってどうして性能が向上したのかなど改良による性能アップは理由,理論は推論の世界であって、明らかになっていないことは否定できない。 運転中のエンジンのシリンダーの燃焼状態は世界の中で誰一人として見ることはできない。なぜなら、エンジンを停止し、オーバーホールして、ピストンやピストンリングのカーボンの付着具合を見て、判断するしかないのである。 設計にあたり経験的数値が多分に見られることにも起因するが、 エンジニアはこういう点をよく把握し実験・性能試験により知識の範囲を知りながら先に進みまた範囲を広げようとするのである。このことがプロ意識であると定義できると思う。 さてプロ意識を持って仕事をするということでクライアントが小生に希望することは迅速に、しかも着実に仕事に精通しろということだと考えると、自分の意識を仕事に集中することが大切だと考える。 我々鑑定人は焼け跡に調査に行くが、焼けている最中に調査はできない。 焼場を見て、こうだと語るのは所詮、推定の話であって、経験値に因る見解に他ならない。 この仕事を26年続けて、まだまだ、新人と考える小生は 優秀な査定担当者や尊敬する先輩鑑定人の方々が乗越えた道を越えていない気がする。 物事の良し悪しは結果であってそのことが判断材料となることは間違いない。 世間一般に言う結果よりも過程が大切などという言葉はこの仕事には当てはまらない。結果が悪かった場合は過程における努力不足、または手法や方法が失敗だったと考え直してまたやり直すべきである。失敗の連続は新しい成功への道の選択肢が絞り込めたと言える。 Second thoughts are best. (念には念を入れよ) 小生は世間一般の方々、業界の方々に「プロ意識」を持って前進するつもりであるが、いかんせん年をとった様な気がしてならない。 もうすぐ、半世紀生きている。 平成24年12月27日
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