Go in one ear and out of the other.(馬の耳に念仏) 小生の尊敬する日本の哲学者であるガッツ石松さんが『馬の耳にオダブツ』とおっしゃった。すばらしい。機知に富んだ新しい格言である。 弊社従業員には鑑定業務について厳格に指導しているつもりであるが、この様な表現も必要な時代かもしれない。 「地獄の沙汰も金次第」という諺の意味は地獄の裁判でさえも金力で自由にでき、金の力は強大だという諺である。保険金の支払いの交渉時や実生活においてこのような事実が見うけられることは誰にも否定しがたいことと確信する。「世の中は金である。」という言葉を使うと使った人間の技量が小さいなどという誤解や信頼性を欠いてしまうという理由からあまり好ましくない言葉であるが核心をついていることは間違いないと思う。確かに世の中、お金だけがすべてでは無いが、現実に考えると、実息の進学においても金が掛る。夢を叶えるにも金が掛る。世間一般の子供と同様に我が子に幸せを与えるにも、金銭的負担は回避できない。現代社会においてこの様な核心を述べてくださる方は少なく、好ましくない言動であろう。しかしながら、社会保障の為の消費税議論にしてもきれいごとでは無く、単なる増税というお金の話である。社会保障も結局は金銭問題でしかない。弊社従業員へは『世の中、金がすべてではないが、お金があると経済的にも余裕ができ、お金を寄付することもでき、心にも余裕ができ、周りの人々に優しくなれる。』と指導する。 これまで一生懸命駆け抜けた鑑定人生活の最後の方で、60歳で定年として現場を離れ、残りの人生を年金貰って趣味に生きるという考え方は間違っていると言われる。しかし平成18年10月に、台風の広域災害処理の中、ある保険会社のコントローラーとして風災の支払いに携わり、大変だったのではあるが、その最中の夕方、倒れて救急車で運ばれ入院してしまった。幸い、自宅に帰りついてからのことであったから直接的には保険会社に迷惑を掛けなかったし、弊社従業員に命じ、引き継ぎ処理を頼んだから風災対応に問題は発生しなかった。7年前の43歳の秋のことである。あの忙しさを60歳過ぎても頑張れるか?無理である。60歳が限界であろう。 我が国では財源の問題で年金受給が68歳に引き揚げられるらしいが、小生に後18年、現場で働いて頑張ることは生物学的に考慮しても無理と考える。後輩の育成はこの業界の義務として勤勉にやるつもりであるが、いかんせん体力が低下していくことは否定できない。弊社従業員と後輩鑑定人の育成にすべてを賭けるつもりであったが、前向きに気楽に物事を考える性格上、『嫌な奴には教えない。』で日々を生きる。 平成24年7月3日
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