昭和49年4月15日の最高裁の判決によると、修理は可能であるものの修理した場合に認められる損害の合計額が事故当時の交換価格を著しく上回る場合を経済全損とする。 同判例によると経済的修理不能と解説されている。 鑑定業界で議論される『格落ち損害』とは別に『評価損』が出てくる。要は修理費がその物の時価額を超過した場合の経済全損である。 時価額と修理費を比較していずれか低い額が損害額という考え方に もうひとつの項目をプラスして考えることで、 (修理費+評価損)>時価額であり、時価額を以て損害額とする考え方である。 ※過去に述べた新旧交換控除適用の時価損害額の考え方を外してわかり易く考える。 評価損とはなんだろうか?という疑問にぶつかる。 現実に修理し、その修理した物が事故発生直前の状態からの評価額の下落が発生した金銭的な差額である。 建物では無く動産の場合起こり得る考え方である。 賠償責任保険の漏水事故で、発生する工芸品の考え方の実例である。 その被害者は日本刀という工芸品の収集家で、骨董品を集めていた。 陶器は濡損したが、拭けば大丈夫、しかし、日本刀はそうはいかない。柄が濡損し、柄巻の真田紐が汚損し、鮫革が変形し、鞘が吸水し、仕上げ面の漆が割れていた。濡損に気付き、刀身はすぐさま拭き取り、油引きし、免災となったが、時価5,000,000円(3年前\5,000,000で購入)の刀の拵えの修復で\200,000の修理費であった。 しかし、被害者は\200,000で納得せず、江戸時代からの刀で拵えも江戸時代のものである。修理しても原状復旧では無く価値が落ちたということで、今売却すると\3,000,000でしか売れないから差額\2,000,000をプラスしてほしいとの要望であった。 つまり 修理代\ 200,000 評価損\2,000,000(時価\5,000,000―\3,000,000) 損害額合計\2,200,000の請求であった。 時価額以下につき、修理代がまともであれば上記評価損を考えれば正しいことになる。 もともとここにたどり着く前に、全損主張であったが、ここに落ち着いた。 工芸品である日本刀は美術品であり、掛る手入れを怠らなければ、何年経過しても価値は下がらない。ただし相場というもので時価を考えなければいけないが。 現物を調査した時に、鞘の漆塗りが年数が経ち、深い色に変化し、いい味わいとなっていた黒鞘で鐺の錆びを除けば素晴らしい鞘士の仕事ぶりが伺える。 柄巻は捻り巻であったが、漆で塗り固められ、江戸期の実戦の対候性の為のものかと想像する。無銘の刀身であったが、目釘穴が2つ有り、大擦上げしたのかなと考えるが、拵えは江戸期で刀身自体は室町時代のものと推定される。この被害者は本業が骨董商で、過去に何度も骨董品の鑑定を保険会社に紹介した弊社の馴染みの御仁であり、その美術品の鑑定眼は素晴らしい人である。 当初、全損主張で\5,000,000の請求であったが、弊社が調査に行くということで、上述の\2,200,000での請求に変身して頂いたという経緯である。 しかし、岐阜県に修理に出して、具体的な納品書と請求書は約\200,000であり、主張する評価損は認定しずらいと頭をさげた。 現実に売却しない日本刀であるし、機能的原状復旧しているし、刀身を除外すれば、拵えはまたいつか製作しないといけない時期が来る。 柄巻は劣化するし、鮫革は湿気を吸って変形し、また乾燥し過ぎて割れる。 それが50年後かもしれないが、評価損は考えにくいと交渉した。 なんとか修理手直し代\200,000で話はついた。 一番悲しかったことは被害者の気持ちは理解するが、鑑定人という立場で被害者が全く得をしない様に現状復旧の修理代のみの支払いとして、話をつけたことに漏水事故の加害者が全く納得せず、『払い過ぎ』とクレームが来たことである。\5,000,000が\200,000で話がついたのに結果だけで物を言い、 『刀が濡れたくらいで拭けばいいじゃないか。今時、武器収集なんておかしい。ましてや銃刀法違反じゃないの?』ちゃんと登録されており、法令違反では無く、日本の工芸品で文化財的価値があると反論するが、ご了承頂けず、無知とは恐ろしいと思った。主観の相違、価値観の相違であるが、この日を境に、骨董品や美術品の損害鑑定はあまり受注しないことにした。 保険会社からご依頼があっても専門外ですと丁重にお断りしている。 悲観的発言では無く、もともと建物が専門の小生であるから骨董品である日本刀関係は趣味のみとしたいからである。 近年、小生の周りに骨董品やアンティークの趣味の人が少なくなり、この様な損害額算定の考え方は将来不要かなと思われるが、判例にも出ている様に評価損という考え方を無視することはできない。 蛇足ながら、26本持っていた刀を二束三文で売却して現金化して、 弊社の運転資金に充当した。会社の為には個人資産も売却しないといけないという現実は経営者ならではの事象に他ならない。 平成27年2月19日
|