長押(なげし)について 歴史の町である長崎市の丸山遊郭近くに丸山の遊女屋筑後屋が茶屋を設けていたところで『中の茶屋』と呼ばれる観光スポットがある。 長崎奉行の市中巡検の際にはその休憩所として使用されていた。 既存建物は、昭和46年隣家の火災で焼損したが、現在は旧態に近い状態に新築復元されている。 その建物に新人研修の為、訪問した。江戸時代の在来軸組工法の純和風建築についての教育であった。 そこには案内人がいて、建物の仕様や特徴について説明して下さる。
幼少時、実家の和室の長押をハンガー掛けとして使っていた小生に反省を促す出来事があった。
この文化財である建物で『投石』と書いて『なげし』と呼ぶことを指導された。 現在の『長押』の漢字は元来の意味と異なるとの発言であった。
興味深いのはその部材にビー玉程の大きさの『石つぶて』が置かれてあり、賊が侵入した際、その石を投げて退治する防犯の為の飛び道具の設置場所であり、だから、投げる石と書いて『なげし』であるとのご主張であった。 聴いている分には説得力がある。
建築業界で『投石』と表記したり、説明したりする人物はいないであろう。
しかし、その呼称の由来は歴史ある長崎の江戸時代の知恵から来ている。 反発を恐れずに述べるとこんなものであるが、ここは長崎、 いいかげんな地域性のいいかげんな人物も多々存在する。小生も含めて長崎県民の意見は話半分で理解したほうが良いかもしれない。
熊本地震の話題が旬な状況で、仕事の合間にちょっとしたスパイスになればと記載する。 平成28年5月16日
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