給排水事故の沿革 ロマンチックな七夕の日に思う
昭和62年頃、住宅総合保険や店舗総合保険,長期総合保険は 給排水設備に生じた事故に伴う漏水の支払い方に各社意見が違った。
RC造のベランダのドレイン(排水口)の詰まりによるオーバーフローによる雨水流入は 水害扱いで判断し、漏水した結果、45cm以上の浸水がないといけないとか そもそも給排水設備に生じた事故のドレインの詰まりは日々の清掃を怠った結果の現象であり、支払い不可であるなど議論があった。
それから平成に入り、被保険者有利,約款作成者不利の原則等の様々な議論,吟味,推敲を重ねて、現在は有責処理で支払いの対象となった。
他方で、老朽化した配管の漏水事故は保険の大前提である偶然性にかけるから対象外である等、この担保危険については事故性を常に検討していた。
しかしながら、被保険者にしてみればある日突然の偶然な事故であるから有責である等、各社、バラバラの意見や判断であった。
若手鑑定人諸子はこの様な沿革を知らずに、現在の通常業務をこなして行くが、やはり、偶然性を改めて、熟考し、鑑定に当たるべきであろう。
人として、どうかは抜きにして、誤解を恐れずに申し上げれば、 運命等は無い。若者が言うところの『運命の出会い』等ない。 すべて、ただの偶然である。
一期一会という素敵な言葉も保険上無い。宗教上のことを除外して言えば、被保険者や契約者との立会の必然性から生まれたものであり、 素晴らしい御仁と面談しても、その人と一生、再会すること等あまり無い。 残念ながらこれが現実である。
宗教を否定しているのではない。 過去に現場立会で面談した寺院のご住職から 『恨み,妬みは人間の煩悩でございます。』と指導を受けたことがある。 建物の被害の建築上の質問にお答えした後、世間話となり、ご住職から 人間としての在り方をご教授頂いた。 大切な出会いであったが、このご住職との出会いも残念ながら運命では無い。
運命的な出会いで結婚したとおっしゃるカップルも離婚してしまえば、 あの時の出会いはただの偶然となる。 夢も希望も無いコラムで申し訳ないが、未だに海には人魚がいると信じてやまない少年の心を捨てきれずに日々葛藤している。 平成28年7月7日
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