ValueとLossのみ記載 小生が新人の頃、超ベテラン鑑定人で、火災の事案の鑑定書に保険金額の記載無し,臨時費用保険金記載無し,保険価額と損害額と残存物取片付費用保険金の実費のみ鑑定書に書く上司が居た。
保険価額と損害額しかレポートに書かないその御仁に、おそるおそるペーペーを代表してためしにその御仁にその理由を質問してみた。 保険金額の設定がいくらであるかは鑑定人には全く関係が無い。 更に、客観的な立場を主張するのであれば、たとえ保険金額と 保険価額が許容範囲という言葉で一致させるかどうかは保険会社の判断である。 最終決裁は保険会社であり、我々鑑定人は現場で見た通りのValueとLossを書けば良いとおっしゃられた。
その御仁はなぜか保険会社の査定担当にすこぶる評判が良く、超理論派で趣味が読書という方で、現場の知識や経験のみならず、鑑定書の文章の表現力が凄かった。 鑑定書の書方をずいぶんパクらせて頂いた記憶がある。
しかしながら、会話でその御仁と世間話をすることは不可能。 個人的にはすごく怖い、恐い上司であり、さからう事はできない御仁であった。 業務以外の付き合いでの雑談はあまりに怖すぎて無理。 会社の飲会ではできるだけそばに座らない様にしていたが、ある日の飲会で避けられずに、横に座った時にお酒を飲みながら、
損率の問題や当時鑑定事務所には 火災鑑定人という呼称で鑑定人が存在し、元々は焼残物商が鑑定人のルーツであること、鑑定事務所には自動車のアジャスターも抱えていたこと、 風災は拡張担保(拡担)では既に存在していたこと等、 いろいろな昭和40年代のエピソードや沿革をお話し頂いた。
超過保険の全損の場合、契約の始期に遡って、差額の保険料を返還していたこと、冬場は忙しいが、春,夏は賠責(賠償責任)か動総(動産総合保険)しか無く暇な時は『平場鑑定』(評価鑑定)や研修ばかりやっていたこと、焼場の木材が炭として売却可能であったこと、ファックスが無く、 ドラフトを郵送するか持参するか保険会社の査定担当が訪ねてきて取りに来ていた等、正に鑑定業界の歴史の証人であった。 数年前、他界された御仁であるが、深い知識と引出がいっぱいある立派 な鑑定人であった。 ペーペーの小生等、多分記憶から除外されて、旅立ったと思われる。 平成28年9月23日
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