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  昭和の時代の現場立会
昭和の時代の現場立会

『ハマベさん、保険会社の男達は学歴優秀であるが、学歴のみで保険会社に入社している。どこの馬の骨かわからくても、大丈夫。しかし現地女性陣は学歴のみならず、家柄がしっかりしているから、結婚するんだったら、おススメだよ。』と言われたことがある。過去の事実であり、人権問題や男女差別等の
クレームはご容赦の程、お願い申し上げる。

『しかし、アフロス、いわゆるできちゃった結婚等はあなたの鑑定人の立場が危うくなり、当社出入り禁止になる。もちろん重複契約(2またつき合い)は重い罪となる。損保の女性とお付き合いをする時は必ず責任をとる覚悟で付き合ってほしい。もちろん、カップルになった場合は火災新種SCの責任者に口頭か書面で報告義務がある。』

おいおい、そんな危険な橋を渡れるか!と思いながら、仕事を続けた
記憶がある。

 先輩鑑定人が保険会社の査定の女性と結婚した場合、鑑定会社の社長が喜んでいた記憶もある。
 
 この過去の事実を暴露することで、読者の掴みはOK.。

 新人の頃、保険代位ということで、焼け残った大量の洋服(商品であるスーツ関係)が事務所にあり、数量をチェックしていたことを覚えている。
 貴金属店の損害等、高級時計のクレーム品を引揚げ、写真撮影し、リストを作成し、大量のダンボールを保険会社の査定セクション(現在の火災新種SC)に運ばされた。
 俺は運送屋か?と考える余裕も無く、スーツ姿で汚れることも気にせず運んだ。

 損害見込みがペティークレーム(当時は200万円以下の損害をそう呼んでいた)場合、鑑定人に依頼ができない。保険会社独自で保険会社の査定マン
(当時の呼称,現在査定パーソン)が現場に行くということが普通であった。

 ※鑑定人の人数が少なく、九州には鑑定事務所が2社しか無く、しかも福岡市しか無かった背景がある。
 そして、当時は大火(一地域で10件以上の火災)が多く、焼場に各保険会社の関係者が大量に来ていた。

 査定の同業会が存在し、各社の査定マンは会社が違えど仲良くし、情報を交換し、重複契約等すぐ把握できた。

 損害防止費用の算定は保険会社の査定マンの仕事であり、失火見舞費用保険金の類焼先とその世帯数のカウントも査定マンの仕事であった。
現行では信じられないが、昭和の時代、火災が発生すると、査定マンが首からカメラを下げ、現場に同行したものだった。

現在は有り得ない光景であるが、それが普通であり、現場で損率について議論し、帰りの電車の中で、汚れたスーツと革靴をちり紙で拭きつつ、
支払見込みについて、話し合った。

 『帰社したら、会社に報告を入れないといけないが、この時間だから、残業しているはずの○○課長代理に報告しないといけない。でもまだ現場の出火原因や状況の整理がついてないから、今、ここで書こう。』と言いながら、揺れる
電車の中で立会速報を書いていた査定マンが居た。

 『ハマベさん、図面を写させてと方眼紙を取り出し、小生の書いた平面図をスケッチして、火元はここだね。』なんて話ながら、書いていた。

 時効だから申し上げるが、現場から帰り、保険会社のビルの地下の喫茶店でお茶を飲みながら、査定マンと2人で速報を作成していた。

ちなみにそのビルの地下の喫茶店はコーヒーを飲んで、長居すると『こぶ茶』が出て来る。お口直しにどうぞと持ってくるが、
真意は『そろそろ帰れ!』という意味であった。
 平成28年9月23日


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