『徒然草』よせよ建工
鎌倉時代の吉田兼好の『徒然草』つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。…手持ち無沙汰にやることもなく一日を過ごし、硯に向かって心に浮かんでくる取りとめも無いことを、特に定まったこともなく書いていると、妙に馬鹿馬鹿しい気持ちになるものだ。
平成時代の「よせよ建工(建設工事保険の略)」の『徒然草』 手持ち無沙汰どころか、やることいっぱいで一日どころか夜間を過ごし、机に向かって、見積書に記載のある取り止めもない無粋な請求を 特に定まった請負契約金額の新築見積書を見ながら単価修正していると妙に馬鹿馬鹿しい気持ちになるものだ。
そう、新築工事の単価と深刻な被害が発生した時の保険金請求の見積書が必ず、割高で提出される。
そこはこの平成の吉田兼好と呼ばれる小生が修正して記載すると現代用語で上記の通りとなる。
約款で新築見積書の単価で損害認定と書かれているにもかかわらず、 その単価で提出される復旧見積書を見たことがない。 同一契約者で契約者=復旧業者のはずが、こんなものである。 鎌倉時代に建設工事保険があったわけでは無いが、平成と鎌倉で人間の感情は同じ部分が存在する。
この単価の違いは鑑定人か査定パーソンは周知の事実である。 この文章は査定の業界人しか理解できない。
ちなみに、長崎県の五島列島は「寂しい」という言葉を方言で「とうじんなか」と言う。『徒然草』を「とぜんくさ」と読み、「とじんくさ」と変化し、「とーじん無い」となり、「とうじんなか」に着地した言葉だと言われる。 この見解は高校生の時の国語の○○先生の持論であった。 しかし、ここは長崎、話半分で受け止めないと大変な目にあう。 「…ばってん」という言葉も英語のBut thenから変化した長崎弁とよく聞くしテレビでもそう言われることが多い。 しかし、ここは長崎、やはり話半分で受け止めるべきである。 平成28年10月11日
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