保険価額算定の意義Ⅱ(LOSSが上がればVALUEも上がる) 過去記載のリメイク
今から30年程前(当時鑑定人2年目の昭和63年)、火災の事故受付を手に、保険会社のA査定担当者と、現場へと赴いた。 現場では既に修理業者が復旧の為に解体,撤去,修理作業を行っており、修理見積書も作成されていた。
損害状況は損率10%程度の小損害であったが、修理見積書は驚くほど高いもので、損率30%になる金額であった。 A氏がベテラン(査定歴20年位)だった事も考慮すれば、我々二人が顔を合わせて「高い。」を言ってしまったのも仕方無かった。
被保険者と修理業者とA氏と私の4人で早速話を始め、鑑定人の立場として、小生は修理における範囲(㎡数、人工数)及び単価を指摘し、修正を求めた。 しかしながら、修理業者は範囲は縮小したものの、単価を譲らず、 A氏が「とりあえず、本日は帰って検討します。」をおっしゃり、 帰路についた。
丁度、昼食の時間も重なり、帰路の途中のレストラン(薬院のロイヤルホストだったと思う。今はもうない)でA氏と食事をしている時、箸を置きこう話された。 「今回、業者提示金額を認めましょう。そのかわり、全部保険だった大前提を破棄しましょう。損害額が上がれば、保険価額も上がる。この理屈でいけば、一部保険となり、あなた(筆者)の思った損害額認定ベースでの支払い保険金とほぼ、同等の支払になります。火災保険における保険価額算定の意義はここにあります。」
A氏はニッコリ笑って、箸を取った。 …正確にはフォークだった様な記憶である。 小生は当時(30年程前)積算、値入れして自己見積りして損害額を算定する事に固執していたせいか、非常に感銘を受けた。
そのA氏も既に退職され、A氏の会社も合併してしまったが、 現在の実務の中で、小生は今もその人の話を時々思い出しながら、 日々鑑定をしている。 …それが、保険金額限度の新価実損払いが多く近年役に立たなくなって来た。
A氏は査定パーソンとして、当時、鑑定人として経験の薄い筆者に、 将来をみこしてアドバイスしてくれた様に思える。 保険価額算定の意義を初心に帰って考えようとする姿勢を 今現在、捨てずにいられるのはA氏のおかげである。
ちなみにこの手記をとある協会の○○ニュースに投稿して、 専務理事と協会長の逆鱗に触れ、弊社退会を余儀なくされた。
専務理事が保険会社の天下りであったせいか 『保険会社が設定した保険金額が全部保険であるのに、その大前提を崩し、一部保険にして算定する等、保険会社の信用に関わる。損害額はいつも同じであり、損率を考えて保険価額を変えるなど言語道断。そしてその事をコラムに乗せる等、君は何を考えているのか!』 …小生は手書きの文章をFAXで送付しただけであり、ニュースに記載したのは東京の協会事務局であった。
理事は自動車の損害調査部出身の御仁であり、保険価額は被保険利益を金銭に評価したものと言う発想がなかったのであろう。 その地その時の価額なんて言葉はどうでもいいのであろう。
協会長もご高齢で、大手鑑定会社の社長で評価鑑定以外は損害額鑑定など20年はやっていないと推測された。
当時、○○ニュースは保険会社にも配布していた為、その全回収をすることとなり、更に小生に謝罪の文章を書くように指示が来た。
…小生は悪くないと判断して謝罪の文章は書かなかった。
当該コラムで協会長は『辞職も辞さない』と発言したが、 結局はやめなかった。 …保身に走ったただの役職好きであろう。
コラムの内容が駄目なら、事前にチェックしてボツにすればいいだけの話が投稿した弊社だけが大問題となった。
責任をとってと言うより、無実の罪を弊社に被せ、弊社を攻撃する 協会についていけないと思い、退会届けを提出した。
協会長と専務理事はまるで、〇大アメフトの監督とコーチに似ている。 退会して13年経過した。 世代交代が行われ、きっと保険価額の算定の意義を理解して下さる人達ばかりの協会に変身しているであろうと切望する。 平成30年5月30日
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