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  膨大な記憶 その1
膨大な記憶 その1

8年ほど前、尊敬する鑑定人が亡くなられた。
人伝に聞いた話であった。故に葬式に参列していない。
昭和の代にその鑑定人のカバン持ちをして現場に同行した。
その御仁から現場で小生に平面図を作成しろと業務命令を頂戴した。

当時、ペーペーの小生が一生懸命図面をとった。
火災であった為、出火原因,その構造,屋根,外壁,仕様,建具,内装の仕上げ等々調査した。

『おい、ハマベ、帰るぞ』
重い、厳しい表情でこわい、恐い、怖い鑑定人(上司,兼先輩鑑定人)から指示が来る。

昼食もこの御仁と一緒である。 やだなあ…

ファミリーレストランに入り、くつろぐ間も無く、先ほどの現場の打合せである。食事ができない。
食べながら、議論していると、
『俺がしゃべったことはちゃんとメモしろ!』
…飯が食えない。
懸命にメモしていたら、その御仁は食事が終了した。

『ハマベ、食ってないじゃないか。早く食え。不測の事態や健康管理の為にもメシはちゃんと食っとけ!』
…議論とメモするので精一杯で食事が出来なかっただけである。

 帰社してその事案の平面図作成,罹災状況の作成,罹災原因の作成を当然、小生がするはめになる。
 写真撮影して分の現像(当時は博多区呉服町の寿屋に出して、現像が2時間後)写真を引き取りに行って、写真を整理して、紙に貼った。
 気が付くと夜中の9時を回っていた。

『おい、ハマベ、先に行っとくぞ。』
…そう、中洲の行きつけの飲屋に上司は立会に行った。と言っても、飲みに行っただけである。
慣例に倣い、その店に遅れてでも立会しないと行けない風潮の時代であった。
その店に行くと、なんと、午前中の現場で同行した保険会社の担当社員と上司である人物が居た。

スーツ姿で手ぶらで赴いた小生に
『おい、ハマベ、今日行った現場の図面と写真は持って来たか?』
…そんな指示を受けていないし、取引先が来てるとは知らない。

そこで、その上司の鑑定人から、
『この仕事をするなら、24時間、仕事の事だけ考えとけ』と叱られ、
会社に資料を取りに行った。

先輩の鑑定人諸氏は午後10時過ぎても仕事をしていた。
『なんやハマベ、忘れ物か?』…事情を説明すると、
笑いながら、
『○○さんやろ、早く資料持って行ってこい。あんまり怒らせるなよ。』

昭和の時代は個人情報保護法は無く、現場の資料を社外に持ち出すことなど規制は全く無く、守秘義務のみ存在した。

上司は取引先の課長と酒を飲みながら議論、取引先の担当社員と小生が
水割りをつくり、もちろん我らはシラフでメモする。

ひゃあ、社会人って辛いなあと思いながら、やっとその店を開放された時は翌日の1時である。

 はっきり言って、本日は仕事しかしていない。

平成30年9月11日


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