畳の上の水練
畳の上の水練とは、水泳の練習を和室の畳敷きの上でやっても、ちっとも泳ぎが上手くならないことをいう。
理論や方法を知っているだけで実際には役に立たないことの例えである。 鑑定人の現場調査の実務を、机上の空論の如く指導する人々に伝えたい諺である。
恐ろしい事象として、今現在鑑定人として資格保有している人間が 現場を離れ、鑑定事務所の経営者となって、損害鑑定の現場立会に 20年以上赴いていない御仁達は上記格言の如く、現場の苦労を 忘れてしまい、机上論の世界に戻ってしまうことがある。
すべてとは言わないが、鑑定会社の役員達がその口から広域災害なんて ものは1日7~8件立会調査にいけるはずだとのたまうのである。
昭和62年鑑定人資格(当時は損害調査人と呼称)を取得し、初心者マーク付きの鑑定人1年製の時に台風12号(昭和62年8月31日)が九州を直撃した。 福岡市内の安い独身アパートに居住していた小生、同アパートも風災被害が有り罹災日当日は怖くて、睡眠がとれなかった。
翌日、会社(鑑定事務所)に出社すると、当然のことながら電話がパンク状態となっていた。
確か8回線あったはずの電話機がすべて誰か電話中、こちらから電話 しようにも受話器をとった時点で、相手からの電話が繫がる。
当時は残業などの厳しい制限は無く、台風が来ると各保険会社の 対策本部に常駐し、月の残業時間は125時間/月超は普通であった。
平成31年時点ではこれは大問題であるが、昭和の時代は 被災し、 復旧に困った被保険者救済の為にやるしかなかった。
因みに近年の東日本大震災でも、当然、この様な事態であり、被災者救済の為、そして膨大な事故受付を解消する為、仕方無いこととなった。 ブラックである等の戯言は通用しない状況だった。
残念ながら、鑑定人という戦力を軽視したノルマの強制はきっと改善することは無いと思う。
年齢的に、将来引退する鑑定人として言いたいのは 現場に行く兵隊である鑑定人のスケジュールを軽視して、現場立会率を上げて、あげくに処理率を競争する為、鑑定人をこき使うことはこの業界の発展には繋がらないということである。
早朝から昼間、夕方までの明るい時間に複数の現場立会のスケジュールを毎日強制し、土日、祝日はある訳が無く休み無しとなる。
保険会社からすれば請負契約であるから、労働基準法は関係無く、その鑑定人が倒れたら、その鑑定人の所属する事務所に代わりの鑑定人を派遣要請すればすべて解決する。 法律上、取引上、事態はそうなる。
しかしながら、広域災害時は全保険会社が鑑定人の増員を切望している事態であり、代わりの鑑定人は既に出払っており、代わりは無いことを忘れてはいけない。
若手鑑定人が退職していく現在、その理由の殆どは広域災害時の過剰労働のせいであると考える。
令和1年5月10日
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