鑑定人制度概要の裏話…その2
4年後、A氏が東京に転勤し、九州の鑑定人は事無きを得た …はずだった。 過激な発言の多い困った御仁が本店で営業店に配置される訳も無かった。
A氏は本店では損害保険協会(損保協会)の仕事につき、鑑定人小委員会 の会長に就任した。
5年後、小生は鑑定人の資格に無事合格して損保協会の東京研修に参加した。
そこにマイクを持った委員会のA会長が居た。
興奮気味にスピーチの台に立ったA氏曰く
『大学出立の兄ちゃんが資格を取ったら、いきなり保険会社の仕事をして高給取りになる(…小生の年収240万円なのに…泣)。 これはだめだ。君達 鑑定人は保険会社から使われる人物にもかかわらず偉そうにしている(…そんなことない)。
君達にはこれから厳しい注文をつける。
今までの損害保険調査人,鑑定人補は3級鑑定人として位置づけ、 今回合格した君達鑑定人の資格は2級鑑定人とし、2年次,5年次,7年次は研究レポートの提出と選択制で通信教育で 例えば機械と技術レポートの通信教育の終了証の提出を義務付ける。
やらなかった場合は3級鑑定人に降格させる。
更に3級鑑定人が2級鑑定人受験をしなかった場合は資格を剥奪する。』
マイクを持つと以上に興奮する劇場型の典型的人物である。 過激な辛口の発言で、人が嫌がることを平気で義務付ける。
この発言が後日問題となった。
そう、損保協会は複数の保険会社の協会である。
独裁者は許さないのである。
旧制度の鑑定人資格を取得し12年後の上級鑑定人資格制度は廃止された。
その日の発言は撤回される事は無く、降格や資格剥奪の発言はうやむやになり 2年時,5年時,7年時のレポート提出と通信教育は実施された。
日々の仕事に多忙の中、研究レポートを提出して、通信教育を2科目終了して損保協会に提出した。
…続く 令和3年6月30日
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